まほらの天秤 第1話 |
それは、ゼロ・レクイエム決行まであと1週間と迫った頃だった。 ダモクレス戦で死んだとされている、ルルーシュ皇帝唯一の騎士、ナイトオブゼロ枢木スザクは、ブリタニア宮殿の奥深くに身を潜めていた。 と言っても、周りにいるのは全員ギアス兵。 こそこそと身を隠しているわけではなく、宮殿奥で普通に生活していた。 そのスザクに、皇帝の傍に控えていたC.C.は呼び出された。 自分から来いと言ったのだが、奥から出られないのだから来て欲しいという言葉に、C.C.は従うしかなかった。 どの道あと1週間で英雄となる男だ。 この作戦が終われば、二度と会う事もないだろう。 何より、我が共犯者の最後の願い、最後の奇跡の担い手なのだから少しぐらい我儘を聞いてやろうと、そう思ったのだ。 「それで?一体何の用だ、ゼロ」 C.C.は、嫌味をこめてそう口にした。 ゼロ。 それは常にこの男の敵であった者の名前。 この男の唯一絶対の主を殺害した者の名前。 憎むべき存在の名前。 その名をこれから名乗り、その役を演じ続けるこの哀れな男に、私は嘲笑を浮かべながら近づく。 自分の大切なものを殺されたからと、私の大切なものを殺すのだから、このぐらいの嫌味言う権利はあるはずだ。 だが、この男は、嫌そうに目を細めただけで、文句は言わなかった。 「聞きたい事がある」 「ほう?私にか?」 「君に」 「私の情報は高いぞ?」 「僕に払えるものなら、いくらでも払うよ。なんなら、この体を差し出しても構わない」 「いらないよ、お前の体など」 互いに感情をこめずに語る会話。 数百年の時を生き、幾度も死んだ魔女。 数多の命を奪い、そして自らも殺した死神。 感情など現れるはずもない。 「君の知っている情報が欲しい」 「いいだろう。情報の内容によっては、死よりも苦しい対価を払ってもらうが?」 「構わないよ」 「ならいい。何でも聞け」 死にたくても死ねない体を持つ不死の魔女。 死を望みながら、呪いによって死ねない死神。 二人は冷たい視線で互いを見ながら言葉を交わした。 「行政特区のあの日、何があったのか教えてほしい」 この時初めて魔女の表情が動いた。 「知ってどうする?」 「ただ、知りたいんだ」 「知った所で、何も変わらないだろう」 「彼を殺す事を躊躇わないためにも、知りたいんだ」 「反対に躊躇う事になるかもしれないぞ?」 「彼を殺せば全て闇に消え去る。その思いが僕を戸惑わせるかもしれない」 それを唯一知るのであろう人物が死ねば、永遠に真相を知る事は出来ない。 知りたい情報を手に入れるため、この手は彼を殺し損ねるかもしれない。 スザクは、これがこの魔女に効く唯一の脅しだと知っていた。 魔女はゆっくりと思考を巡らせた後、男に目を向けた。 「いいだろう。ただし、対価は高い。お前には永遠の地獄を生きる覚悟はあるのか?」 「永遠の地獄?」 「私が不老不死だという事は知っているな?その呪いをお前に移す。私は人として死に、お前は永遠を生きる事になる。その覚悟があるのなら」 「いいよ。その呪い、僕が貰おう」 死を望んでいた死神は、あっさりとそう答えた。 あまりにも簡単に答えたため、C.C.は眉を寄せた。 「解っているのか?それがどのような事か」 「解っている。僕は死ねなくなるんだろう?どの道今のままでは死ねないらしいからね」 死にたくても死ねない。 この呪いが生きろと囁く。 「だがお前は人間だ。時が来れば寿命は尽きる」 瀕死になるまで衰弱すれば、流石の呪いも意味を成さない。 それは、あの少女で実証済みだ。 「それに、平和となった世界を、ユフィの望んだ行政特区のような、人々が手を取り合える世界を作るには、人の寿命で足りるかは解らない」 ゼロは仮面の英雄。 だから長い時が経っても、不老不死だと気付かれる可能性は低くなる。 ならば、ゼロとして永遠に世界を見守る道を進むのも悪くは無い。 ユーフェミアの夢見た世界を作るために。 「なるほど、あくまでもあのお姫様が基準か。ああ、ルルーシュを手に掛ける理由もそうだったな」 ユフィの仇だと、剣を向けた。 その頃はまだ、自分の手でナナリーを殺したと思っていたはずなのに、多くの命を消したというのに、全てを棚に上げ、スザクはユーフェミアの仇討ちを優先させた。 「僕の主君だからね」 当然だと、スザクは口にする。 魔女はその言葉に満足した。 ユーフェミアへの盲信。 ルルーシュへの不信。 それがこの男の目を曇らせ続けている。 きっとこの男は、取り返しがつかなくなって初めて気づくのだろう。 大切な者は、ユーフェミアだけでは無かった事に。 「そうか、ならばこれを聞かせてやろう」 C.C.はそう言うと、ポケットから携帯電話を取り出した。 その携帯には見覚えがあった。 「これは?」 「ルルーシュの物だ。ブラックリベリオンまで使っていた。神根島にルルーシュを下ろした際、ガウェインに落ちているのを私が見つけたんだ」 C.C.はそう言うと、その携帯をスザクに渡した。 「あいつは、ゼロとなってから一つの習慣があってな。大事な会合、大事な作戦の時には、この携帯の録音機能をオンにしていた。あいつの記憶力は恐ろしいほどだが、万が一という事もあるからな。ボイスレコーダーを持ち歩く代わりに、この携帯を使っていた。行政特区のあの日も」 いつもはすぐ消すのだが、動揺しすぎたのだろう、すっかり消し忘れていたらしい。 そしてこの携帯はガウェインと共に海底にあると考えているようだ。 その言葉に、スザクは目を見開き、携帯を見た。 「じゃあ、この中に」 「ああ、全て入っている。お前の知りたい情報の、全てが」 スザクは今までの無表情が嘘のように、クシャリと顔を歪ませ、泣きそうな表情となった。 「お前にくれてやるわけじゃない。今聞け」 C.C.が口にしたパスワードを入れ、指示されたファイルを開き、パスワードを入れる。 幾重にも施された厳重なロックを解除していく。 そして、あの日の二人の会話が流れ出す。 懐かしい彼女の声。 そして。 全てを聞き終えたのを確認し、C.C.は震える男の手から携帯を取った。 予想外の内容だったのだろう、自分が今耳にした事が信じられないという表情だった。 「これは・・・だって、ルルーシュは自分が操ったって!」 「嘘は言っていないだろう?過程はどうあれ、ルルーシュの絶対遵守のギアスがユーフェミアを操った。そしてルルーシュが殺した。これは変わらない。殺意の有無は意味がない」 C.C.は携帯を仕舞うと、いまだ震える男に冷たく言った。 「私もこれを聞いた時は驚いた。そして気がついた」 何に?そう言いたげにスザクは視線をこちらに向けた。 「ギアスはあの日暴走した。だが、それはV.V.の干渉が入ったせいだ」 「V.V.!?」 どういう意味だと、スザクは詰め寄った。 「私は、あの日ルルーシュが幾度かギアスを使い、その後暴走したと思ったが、使う前からギアスの宿る左目に痛みを感じていた。それは、V.V.がよく使う手だ。強制的にギアス能力者に干渉し、その能力を急速に高め、暴走させる。おそらくV.V.はこの会話を聞いていたんだ。そしてタイミングを見計らい、暴走させた」 ギアスを使った後の痛みならわかるが、前に痛む事は無い。 ルルーシュがあの日最初に使ったギアスはユーフェミアへの物だけ。 ならばあの痛みはV.V.の干渉により起こったものだ。 「人為的に、暴走を?」 「そう、ルルーシュは例え話を口にし始めた。そのタイミングで暴走させ、発動したときに口にしたのが、たまたま最悪の例え話だったんだ」 もう少し早ければスザクを解任など、そう害の無い物だった。 もう少し遅ければ、無害だったかもしれない。 「なんで!?なんでそんな事を!?」 「V.V.はルルーシュを嫌っていた。だからルルーシュを苦しめるタイミングを常に見ていた。式根島から神根島に移動した事を覚えているか?あれもV.V.の仕業だ。四人そろった時に地面が落ちたのもV.V.の仕業だ」 ブリタニア軍しかいない島に送り、ブリタニア軍の目の前に落とすことで、ルルーシュを捕獲させようとした。 カレンとガウェインのおかげで助かっただけだ。 「え・・・あれが!?」 「ブラックリベリオンでナナリーを誘拐したのもV.V.だ」 「で、でも、ルルーシュはユフィを日本人を決起させるために殺したって!」 枢木神社で確かに聞いた。 激昂するスザクを、C.C.は呆れたように見つめた。 「お前、本当にあいつの親友だったのか?そんな話、嘘に決まっているだろう?ナナリーのために戦った男だぞ。ナナリーを失っても、理由をつけて、弱者が虐げられているこの世界を正そうとする男だ。そいつが、日本人を決起させるという理由だけで、愛する妹に汚名を着せ、手に掛けたと?あり得ない話だ」 あいつが恨んでいたのはただ一人、シャルルのみ。 クロヴィスを殺したのは、覚悟のためと口にするが、日本人を虐殺し、スザクが殺された原因だと思っていた所が大きい。 そう言う理由でもなければ、情が深すぎるあの男に身内は殺せない。 「・・・愛する?ルルーシュが愛していたのは、ナナリーだけだ」 ユフィを愛しているはずがない。 そう憎しみをこめた視線を向けてきたので、この男は本当に何も見ていなかったんだなとC.C.は目を細めた。 どうせ地獄に落ちるのだから、肉体だけではなく、精神も落ちてもらおう。 ルルーシュを殺すのだから当然の対価だ。 そう考え、C.C.は真実を口にする。 「違うな。間違っているぞスザク。ルルーシュはユーフェミアも愛していた。そして、お前の事もな」 「・・・え?」 自分の事を言われて、スザクは何の話だと驚いた。 「お前、ルルーシュに掛けられたギアスが何か知っているか?」 「死ねない呪いだよね。醜く足掻き、生きようとする呪いだ」 そう言いながら、スザクは眉を寄せた。 この呪いを利用することで最強となれた。 浅ましく生に執着しようとする、醜い自分をさらけ出す呪い。 「そうだな」 「何が言いたい?」 「どうしてそんなものを掛けたか考えたか?自分の命が危険にさらされた場面で、お前に”生きろ”と掛けた理由だよ。下手をすれば、お前は生き残るために、手した銃でゼロを撃ち殺し、ゼロは射殺したと言う危険性があったのにだ。どうして、お前だけが生き残れるギアスを掛けたのか。俺を助けろ、俺の部下になれ。そう掛けなかったのはなぜだろうな?」 お前も、ナナリーとユーフェミアのように、あの男に愛されていたんだよ。 「違う!そんなはずはない!」 この呪いは醜く生に執着し、生きるために暴走する自分を見るために埋め込まれたに違いない。 自分を守らせ、そして嘲笑うために。 敵に対して掛けたのだ。 そうでなければならない。 スザクは、信じられないという様に目を見開きC.C.を見た。 だがC.C.はもう話す事は無いという様に、静かな視線でスザクを見た。 「お前の知りたい情報は教えた。契約を果たしてもらおうか。ギアスを成長させコードを受け継げる器となれ。・・・ああ、1週間後、躊躇うなよ?そのために話したんだからな。苦しみは、短くしてやってくれ」 そう言って笑う魔女は、茫然とする愚かな騎士の手を取り、強制的に力を与えた。 |